ペルーは、ラテンアメリカ諸国で最初に、また世界では14番目に日本と国交を結んだ。明治維新から5年しか経ていない、1873年(明治6年)8月21日に友好通商航海条約を締結した。
このきっかけは、司法紛争に因むものであった。横浜港での有名なペルー船「マリア・ルース号」事件です。これは、日本における国際法の最初の事件であり、世界的な法学の進展を意味するものでもあった。同様に、この事件の解決のために介入した全ての国が高い外交レベルにあることを明らかにしたのです。
特に、「マリア・ルース号」は、1872年7月7日にマカオを出港し横浜で悪天候のために避難していた。船には、230名の「クーリー」と呼ばれるペルーの海岸地域の綿栽培の荘園で労働する230人の中国人労働者が乗船していました。その中の一人のクーリーが逃亡し英国の船「アイアン・デューク」号に乗り込んだ。そこで、マリア・ルース号での扱いが悪く同胞が苦しめられていることを船長に告げた。日本の外務省は、調査をはじめ、その後、多くの法的手続きと外交交渉を経て、大江卓判事は中国人を解放しリカルド・エレラ船長は罪を許され同船の乗組員等と日本を後にしたが、マリア・ルース号は日本に止め置かれた。外法権に固執する外国人領事はこの裁判に介入した。ドイツの代表E.ゼッペ氏は、日本政府の権限を認めなかった。デンマーク、ポルトガル、イタリアの各領事がそれに同調した。英国領事ロバートソンは、唯一支援し、米国、オランダ両領事は、その中間の立場をとった。
これらの事実に平行して、ワシントンのペルー公使マヌエル・フレイレは、フィッシュ国務長官に対し、ペルー政府が、<友好通商条約を締結し重要な交渉に入る>目的で日本と中国の政府に遣わす第一級の外交使節団に、信任状を与えることを決定したと報告した。
ホセ・パルド大統領によってこの外交使節団の長に任命されたのは、アウレリオ・ガルシア・イ・ガルシア海軍大佐であった。大統領は以下の4項目を特定し、その遂行を彼に委ねた。1)治外法権と最恵国待遇の条項を含む条約を日本及び中国と締結すること 2)中国とは特別な協定により締約国双方の国民の自由な移住の権利を得ること 3)双方の国に領事館を開設する権利を得ること 及び4)中国移民の調整のためにリマの代理店に信任状を与えること。戦争の噂の中で、リマにはペルー側からの軍事行動を要求する過激派の声があったことを述べておく。1873年2月27日にペルー使節団が横浜に到着し、将軍の住居であった浜御殿に宿泊した。皇居まで乗り物で行くことを許されたが、この扱いは大国に対してのみ取られたものであった。リアルース号事件を公式に紹介した後、日本側の番になったが、調停による判定で合意が得られなかった。ペルーはブラジル皇帝に(事件を付託することを)提案したが、日本はブラジルと外交関係のないことを理由に反対し、最終的にロシア皇帝がこれを承諾した。
ロシア皇帝は全面的に日本に有利な仲裁裁定を下し、およそ400万メキシコペソが船の売却により残った。重要な事は、両国間で条約の交渉が為され、1873年8月21日に外交および領事関係が結ばれた事である
134年間の国交の歴史の中で、100年以上の歴史をもつ日本人ペルー移住が際立たされなければならない。ペルーは、南米で最初に日本人移住を受け入れた国である。1899年4月3日に、ペルーのカリャオ港に佐倉丸が到着した。
現在は、約10万人のペルー日系人を数え、1989年から4月3日を「ペルー日本友好の日」とし祝われている。他方、日本には6万人のペルー人が暮らし、多くのラテンアメリカコミュニティの一翼をになっている。
ペルーは、先に述べたとおりラテンアメリカでは日本と最初に国交を結び、また南米で最初に日本人移民を受け入れた国です。さらに、ペルーは、日本最初の海外投資のひとつとしてセロ・デ・パスコ山近くの銀鉱脈への投資を行ったことが記録されています。また、マヌエル・プラド大統領はラテンアメリカの中で日本を公式訪問した最初の国家元首です。
私どもの歴史において、多くの日本当局の重要な高官の訪問を受け入れているが、特に、最近の訪問で述べておくべきは、1963年の天皇皇后両陛下(当時皇太子両殿下)の訪問や、1999年の日本人ペルー移住100周年祝賀のための紀宮殿下の訪問です。
さらに、強調されるべきことは、両国間には貴重な多様な関係があることです。それは、ペルーの民主主義確立のため、および社会経済発展のためのペルーの努力への支援であり、また国際的平和と安全と世界の繁栄を勝ち取るために共に努めるという関係です。
他には、両国の関係で重要なものは、現在はグローバル化の時代でありペルーと日本は、太平洋で結ばれておりAPEC(2008年にはペルー議長)や FEALAC のような多国間相互協力ということがかつてない位重要視されています。
太平洋は、地球上最大かつ最も豊かな海洋です。幸いにも両国はともに環太平洋にあり両国の未来の世代に恩恵をもたらす環太平洋の発展と繁栄に貢献するようにともに努力できるということが永続的な願いです。